MY SOUP DAYS スープボウル1杯分のちいさな小説

Vol.12 蝉の婚活

 蝉の婚活  もどかしかった。雲一つない青空に反比例するように、唯の心は何か致命的な傷を負ったかのごとくチクチク、そしてどんよりとしていた。  「ふう〜」とため息をつきながらベンチに座る。仕事の昼休みに食事をしようと冷たいスープとパンを買って公園にやってきたのだ。目の前には、たぶん同じ会社で、内緒で交際しているだろう男女がお弁当を仲良くつまんでいる。それを見ながら、自分のふがいなさに嫌気がさしていた。  「唯、合コン行く?」会社の同僚に、そう誘われたのは、一昨日のことだった。曖昧な返事をする唯に同僚は言った。  「彼氏? ふんぎりつかない男なんでしょ。まあ、たまには忘れて他の男と楽しんだら」  「ううん」  「だって10年も付き合ってプロポースの一つもないんでしょ。大丈夫かな?その彼氏」同僚がおもしろそうに笑って言う。  「そうだね。参加する」  「そうこなくちゃ」  唯は、32歳になる。適齢期を過ぎたと言っても過言ではない。なのに、彼氏の良太は、結婚のケの字も言わない。何か隠し事があるのか。それとも私に何か欠陥があるのか。悩んでもしょうがない。今を楽しもうと唯は思った。こういうことは今回が初めてではない。合コンだけでなく、婚活パーティと称した飲み会にも参加した。しかしその都度、彼氏の顔が浮かんで、ロクな会話もできずに終わるのだ。今回もそうだった。全く会話ができず、暗い女性として記憶に残っただけだった。いや、記憶にも残っていないに違いない。  スープを飲みながら、ぼんやりしていると、公園にいる蝉の鳴き声が異常に大きいのに気づいた。蝉か〜。そういえば蝉が鳴くのは雄だけ、鳴いて雌に求婚すると聞いたことがある。7年土の中にいて7日間で結ばれ子供をつくる。そう考えると蝉は、婚活をするためだけに土の中から出ているということになる。いいなぁ。蝉のように人も結婚のことだけを考えれれば、もっと上手くいくに違いないと唯は思った。  「蝉になりたいなぁ」そう思いながら、唯はスープ片手にベンチでうとうとした。  「ここは、どこ?」真っ暗の闇の中、唯は何が起こったかわからず周りを見ようとした。しかし、周りどころか身動きがとれない。身体は土で覆われていた。生き埋め? いつ? 冷静になろうと心を落ち着かせていた。しかし、心とは反対に全身の動きが止まらない。とにかく光を求める気持ちだけが全身に漲っていた。本能のまま身体を動かすと土の中から這い出た。そのまま近くの木につかまり、羽化した。何が起こっているかわからない唯は、木に捕まりながら考えた。そして、蝉の幼虫の抜け殻を見た瞬間、自分が蝉になったことを確信した。  しばらく、じっとして考えた。公園でスープを飲んでて、それでうとうとして。そこからの記憶がない。気づいたらこのありさまだ。いったい何が起こったのか。唯は羽を一枚一枚ゆっくりと動かした。すると、身体がふぁっと浮き飛んだ。自分がこんな楽に飛べるなんて。感動という言葉では表せないものだった。自由に飛べる。このことが蝉になったという戸惑いを消してくれた。  陽が昇りかけてきた。唯は、大空を自由に羽ばたき今を楽しんだ。しばらく木に止まっていると、ある叫びに近いものに気づいた。  「結婚してくれ〜。俺と一緒になってくれ〜。俺の子供を生んでくれ〜」  求婚の叫びだ。唯は感激した。こんなストレートな言葉を聞いたことがない。と、いうかこの言葉を私は待っていたんだ。  「叫んでいるのは、誰?」周りを見渡すと、一匹の蝉がこちらを向いていた。  「ああ、あの人か〜」そう唯の目には、蝉ではなく一人の男性に見えた。すぐ側に飛んでいった。すると相手も近づいてくる。  「やあ、こんにちは」相手が近くによると、唯の身体は虫ずがはしり、同時に羽ばたいていた。自分でも信じられないほどの速さだった。  「どうして?」  気持ちが悪かった。それは理屈でなく本能でそう感じた。あんなに望んで求婚されたのに、なぜ? 唯は、自分の行動に戸惑っていた。そして、また自分の性格を呪った。蝉になっても私は変わらない。  その後、唯は、来る日も来る日もいろんな人の求婚に応えようとしていた。それは人であったら、だらしがない女と言われるだろう。しかし、どの求婚の叫びにも応えられないでいた。  蝉が生きていられる7日目の朝が来た。唯は、もう誰でもいい。応える。それだけを決意した。いつものように飛び回っていると、ある人間の男に目が行った。すると、なぜか身体がその人の方向に動き肩に止まった。懐かしい匂いがした。今までの誰にも感じなかった落ち着いた匂いだ。すると、後ろから声をかける男がいた。  「おい、蝉がついてるぞ」  「えっ。本当だ」男は、唯を手に取ると、なんだか穏やかな顔をした。  「なんか、この蝉、お前になついているな」  「そんなことないだろ」  「ところで彼女どうした? 連絡ないのか」  「あ〜。俺がプロポースしなかったから、怒ったのかな〜」  「でも、金貯まったらするって言ってたじゃん」  「やっと貯まったのにな〜。間にあわなかったのかな」  「まあ、良太らしいじゃん」  良太と呼ばれた男は、一匹の蝉を見つめながら言った。  「でも、まだ、俺は待ってるよ」と。

Vol.12 蝉の婚活

ジンジャー
キャロット・ ビスク

ジンジャーキャロット・ビスク

栄養満点のにんじんを、ショウガを加えたクリームベースのスープで煮込んだ、スパイスを効かせた一品です。
Back Number
  • Vol.1 Juli@ボストン・クラムチャウダー
  • Vol.2 秘密@パンプキンパーティー
  • Vol.3 冬の星座
  • Vol.4 ふたりの温度差
  • Vol.5 春の夜、高架鉄道の走る町で
  • Vol.6 雨の音はどんな音
  • Vol.7 ターコイズブルー
  • Vol.8 再試合
  • Vol.9 クリスマスの片隅で
  • Vol.10 タイムゴーズバイ
  • Vol.11 飲みすぎた俺たちは夜明け近く春の街を歩く
  • Vol.12 蝉の婚活