MY SOUP DAYS スープボウル1杯分のちいさな小説 文・土井克彦

Vol.2 秘密@パンプキンパーティー

去年の秋が深まったころ、彼の結婚が決まった。 彼、といっても私の彼ということではなく、それはただの代名詞だ。 彼と私は昔からの親密な友達同士だった。 二次会のことでいろいろ相談に乗ってほしいと言われ、 私たちは共通の友達がシェフを務めるレストランで、打ち合わせがてら食事をした。 二次会の会場もその店にする予定だった。 うまいなあと言いながら彼は トマトの肉詰めだのマッシュルームのオイル煮だのをおいしそうに食べていたが、 私は食事もそこそこに、間断なくしゃべりつづけていた。 なんだか頭も冴えていて、素敵なアイデアがたくさん浮かび、 これならきっと楽しい二次会になるだろうなと想像した。 やがてワインも空になり、帰る時間になった。 送るよ、と言われたが、 私は二次会の段取りをシェフと打ち合わせておきたいからと、残ることにした。 彼がドアを開けて出て行くとき、 外の金木犀の匂いがふいに鼻を突いた。 胸の奥が少し苦しくなった。

客が退けたころ、帽子を取りながらシェフがテーブルにやってきた。 おつかれさまと言って乾杯したあと、 私が早速ノートを取り出して打ち合わせを始めようとすると、 ちょっと待って、と言って シェフは白くて背の高いシェフ帽を再びかぶり、席を立って厨房に入っていった。

ずいぶんしゃべったなと思った。 秘密があると人はよくしゃべるって、そういえばなにかで読んだ気がする。 恋人より長い仲。 彼と私は、将来のことなんてまるで考えてなかったころから、 ずうっといろいろな話をしてきた。 けれど、私にはひとつだけ秘密があった。 私は彼が好きだった。

シェフがトレイの上になにかを載せて戻ってきた。 ハロウィンが近づくとつくるんだ、と言って、 赤や黄色や緑が鮮やかな、かすかに甘い香りのするスープをテーブルに置いた。 かぼちゃのスープだよ。 人恋しい季節にはこのスープがいちばんあったまるよ。 そう言ってシェフはにっこり笑った。 本当だった。 神経のすみずみまであたたかくなるような、 それはそんなスープだった。 おいしい、と言って私もにっこり笑った。 でもシェフの顔を見ることはできなかった。 顔を上げると涙が出そうだったから。

金木犀が香るころには、毎年、去年のその日のことを思い出すのだろうと思う。 その店のテーブルに、いま私は座っている。 彼に会うために。 テーブルについてワインを飲んでいると、客が退けたころに彼がやってきた。 おつかれさまと言って私たちは乾杯する。 彼は白くて背の高いシェフ帽を脱いで、テーブルの上に置く。 彼、というのはただの代名詞ではない。 そう、私の彼だ。

Vol.2 秘密@パンプキンパーティー

パンプキンパーティー

パンプキンパーティー

甘いかぼちゃと野菜をたっぷり入れて煮込んだ、口あたり良くまろやかな味わいのスープです。
Back Number
  • Vol.1 Juli@ボストン・クラムチャウダー
  • Vol.2 秘密@パンプキンパーティー
  • Vol.3 冬の星座
  • Vol.4 ふたりの温度差
  • Vol.5 春の夜、高架鉄道の走る町で
  • Vol.6 雨の音はどんな音
  • Vol.7 ターコイズブルー
  • Vol.8 再試合
  • Vol.9 クリスマスの片隅で
  • Vol.10 タイムゴーズバイ
  • Vol.11 飲みすぎた俺たちは夜明け近く春の街を歩く
  • Vol.12 蝉の婚活