MY SOUP DAYS スープボウル1杯分のちいさな小説 文・土井克彦

Vol.3 冬の星座

月子、という名前の由来を両親に尋ねたことがある。 愛されて輝いてほしいと思ったの、と母は教えてくれた。 その効果はまだ現れていないが、私は名前に導かれるように宇宙に惹かれ、 大学で宇宙物理学を専攻していまは天文台で働いている。 大きな電波望遠鏡のある天文台で、私はモニターの前にすわって、 外宇宙から送られてくる電波を一日中見つめながら、 いつかどこかの知的生物がハローと呼びかけてくるのを待っている。 静かな場所で聞き耳を立てるようにその電波を捉えるため、 東京から電車で3時間ほどの高原に、この天文台はある。 夏が過ぎ短い秋がやってくると、ここでは急速に冬が近づく。 今年ももう、しし座流星群の季節だ。 私は大きく背伸びをしてモニターの前を離れた。

ダウンジャケットを着てからキッチンに入り、 冷凍庫からスープの入った耐熱容器を取り出してレンジに入れる。 温まったスープを大きなマグカップに注ぎ、それを持って外に出た。 白い息が、スープから立ち昇る湯気と一緒になって夜のなかに吸い込まれていく。 天文台の裏手は小高い芝生の丘になっている。 私はその上に寝そべって宇宙を眺めた。 広大な天空にオリオン座と冬の大三角形がひときわ大きく輝く。 満天に散りばめられた恒星のなかを、しし座の方角からときどき星が流れた。 いま私が見上げているこの星空は銀河系の一部だ。 銀河系には2000億の星があり、宇宙全体にはこうした銀河が1000億もある。 きっと、人類は孤独ではない。 人類だけではなく私も、この星空の下では孤独ではない気がした。

「こんなスープを毎日飲めたら幸せだろうな」 天文台から車で30分ほど走ったところに牧場がある。 そこで働く青年の言葉が、頭のなかによみがえってきた。

私はその牧場で彼がつくったチーズを買い、地物野菜と合わせてスープをつくる。 モニターを通して、あるいは芝生に寝そべって、 私はいつも宇宙を見上げていて、 料理に視線がいかない。星から目が離せないのだ。 星を見ながら食べるにはスープがもっとも適している。 そうやってずっとつくってきたから、 私はとても上手にスープをつくれるようになった。 そのうえこのあたりの野菜は甘くて味が濃く、 青年が牧場でつくるチーズも濃厚で香りがいい。 冬が始まったころ、私はほうれん草とチーズのスープをつくって、青年におすそ分けした。 ほうれん草の甘みが強くなってきた時期で、 そのスープはたしかにおいしかった。 月子さんのスープは本当においしいね、と言われたときはうれしかった。 でもそれにつづけて、 こんなスープを毎日飲めたら幸せだろうな、などと言ってはいけない。 そこはつづけちゃだめだ。 言われ慣れてない女に、そういうことを言ってはいけないのだ。 ほら、またどきどきしてきた。 あわてて私は星に視線を戻す。

流星群はピークの時間帯に入ったようだ。 どんどん数が増えている。 この流星の向こう、銀河をいくつも超えたはるか彼方に、 人類のはじめての友達はきっといる。 たとえそのはじめての友達の家まで、100万光年離れていたとしてもだ。 100万光年離れた友達。 私はいつも、身辺のことよりも宇宙のことを考えてしまう。 テレビやゲームより、電波望遠鏡のモニターに胸がときめく。 どちらのワンピースが可愛いかということよりも、 どちらの白衣が長持ちするかということに関心がいく。 月子という名前のとおり、いつかは私を輝かせてくれる誰かが現れるのだろうか。 いまの私にはまったくわからない。 でも少なくとも、そういう人は電波望遠鏡の向こうからは現れない。 たとえば、車で30分ほどの距離からは現れるのだろうか。

Vol.3 冬の星座

スピナッチ&
フェタチーズ

スピナッチ&フェタチーズ

まろやかなチーズとたっぷり入ったほうれん草が絡み合う濃厚な味わい。
Back Number
  • Vol.1 Juli@ボストン・クラムチャウダー
  • Vol.2 秘密@パンプキンパーティー
  • Vol.3 冬の星座
  • Vol.4 ふたりの温度差
  • Vol.5 春の夜、高架鉄道の走る町で
  • Vol.6 雨の音はどんな音
  • Vol.7 ターコイズブルー
  • Vol.8 再試合
  • Vol.9 クリスマスの片隅で
  • Vol.10 タイムゴーズバイ
  • Vol.11 飲みすぎた俺たちは夜明け近く春の街を歩く
  • Vol.12 蝉の婚活