MY SOUP DAYS スープボウル1杯分のちいさな小説

Vol.6 雨の音はどんな音

「アメは、どんなオトがしてふっているの?」  仕事から家に帰って寛ごうとしていると、恵一は、ふと携帯が鳴ったことに気づいた。娘の初音からのメールだった。いつものおやすみの挨拶がわりだ。  ソファに座りながら、隣の部屋のドアに目をやる。物音ひとつしない。もう眠りに入ったのだろうか。初音が生まれて六年。親子二人で生きてきた。妻は初音を産んでからすべてを使い果たしたように逝ってしまった。母に助けてもらいながらも、なんとか幸せにやってきたのである。初音の病気以外は。  初音の耳が生まれつき聞こえないのを知ったのは、妻がこの世を去ってしばらくたってからだった。先天性難聴。原因はわからずじまいだった。話すほうは少しは出来るが、それも普通の生活には支障が出るという話だった。普段は手話を使ってコミュニケーションしているが、成長する初音を見て字を覚えさせたいこともあり、家ではメールで会話をするようになったのである。メールで会話するなんて心がこもっていない、メールなんかするから人間関係が希薄になると言われるが、耳が聞こえない者にとってこんなに大切でありがたいものはない。すぐに否定するやつらはいろんな人の状況や気持ちを考えていないだけだ。  そんなことを考えながら恵一は、今日の仕事のことを思い出していた。恵一は、ある建設会社の設計士である。ある客の希望が間違っていたという。 「私は、そんなつもりで言ったんじゃありません。少しは人の気持ちを想像したらどうですか」 「そう言われても、私どもと致しましては、言葉にして言ってもらわないと」  その客は怒って帰ってしまった。人の気持ちがわからないことは初音と生活していれば嫌というほど理解している。しかし、人の気持ちがすぐわかれば楽になれるのではないかとも思う自分もいた。 「さて、寝るか」と恵一がベッドに入ると、またメールが入った。初音だ。 「アメは、どんなオトがしてふっているの?」  同じメールだ。今までこんなことはなかった気がする。どうしたのだろう。雨の音か。ぽつぽつ、ぱらぱら、しとしと、ざーざー…。いろいろあるな。恵一はベッドの上で目を閉じながら考えていた。  目が覚めると、あたりは暗かった。カーテンを開け、窓の外を見ると雨だ。梅雨の時期に入ったとはいえ雨が続くのは困る。現場のスケジュールに影響が出るからだ。それによって設計に変更が出る場合も多い。しかも、今日は土曜で休みだ。初音を連れて遊園地に行くはずだった。隣の部屋のドアを開ける。 「お〜い、初音。今日の遊園地は中止…」  初音がいない。恵一は時計を見た。午前十時。寝過ぎた。昨日の仕事のことと初音のメールのことを考えていたらなかなか寝つけなかったのだ。  恵一は、瞬間嫌な予感がした。起きなかった父への当てつけに勝手に遊園地に行ったのではないか。車の音が聞こえない初音がどこかで事故にあっているのではないかと。  すぐさま家を飛び出した。初音の行きそうな場所を虱潰しに探した。 「初音〜、初音〜」叫んでも聞こえない初音にむけて懸命に叫んだ。  ふと公園を見ると、ずぶぬれになって顔を空にむけている女の子がぽつねんとしてひとり佇んでいた。 「初音〜」恵一は、叫びながら抱きしめた。何時間ここにいたのだろう。冷たくなっている初音の身体を抱きかかえながら家へと走り出した。  初音が目を覚ましたのは、午後五時頃だった。まだボーとしている初音にスープを出した。ハーブ&チキンだ。ハーブの香りがやさしい。スープを食べる初音に恵一は手話で訊いた。 「どうしたんだ。なにをしてたんだ?」 「アメのオト。ききたかったの」と初音も手話で答えた。  恵一は初音の携帯を取り、渡した。恵一がメールをうつ。 「雨(あめ)の音(おと)がなぜ気(き)になる。本(ほん)とかにも書(か)いてあるだろ? ぽつぽつ、ぱらぱら、しとしと、ざーざーとか」 「ほんとうにそんなオトしているのかジブンでかんじたかったの」 「そうか。でもな初音。そのスープだってひょっとしたら味(あじ)がわからないコックさんがいろんな想像(そうぞう)してつくっているかもしれないぞ。初音だって目(め)が見(み)えててもお父(とう)さんの思(おも)っていることがすべてわかるか? わかんないだろ。初音の耳(みみ)が聞(き)こえないのも、いろんな想像(そうぞう)ができるように、って神様(かみさま)からのごほうびかもしれないぞ」  恵一のメールを読んで初音はわかったかわからなかったのか、そのまま、また寝てしまった。  恵一は自分がさっき送ったメールを読み返してみた。そう、まるで自分に問いかけているような内容だった。人の気持ちはわからないから面白い。すべて言葉で伝えられて理解できる。なんて面白くない世の中だ。それを初音に教えてもらった。  さて、雨が止んだらたまには初音と食事に出かけるかな、と恵一が考えていると、一通のメールが届いた。  「おとうさん、アメのオト、う〜んと、う〜んと、かんがえてみたよ。キラキラだよ。キラキラってオトをたててふってるときれいだよね 初音」と。

Vol.6 雨の音はどんな音

ハーブ&チキン

ガーデンベジタブル

ベースから仕上げまで、野菜だけを使った、彩り豊かな自然派スープ。
Back Number
  • Vol.1 Juli@ボストン・クラムチャウダー
  • Vol.2 秘密@パンプキンパーティー
  • Vol.3 冬の星座
  • Vol.4 ふたりの温度差
  • Vol.5 春の夜、高架鉄道の走る町で
  • Vol.6 雨の音はどんな音
  • Vol.7 ターコイズブルー
  • Vol.8 再試合
  • Vol.9 クリスマスの片隅で
  • Vol.10 タイムゴーズバイ
  • Vol.11 飲みすぎた俺たちは夜明け近く春の街を歩く
  • Vol.12 蝉の婚活